ジョンは60歳の自閉症男性。
私の大好きな友達(58)の「元」夫。

友達はジョンが自閉症だという事を知らずに結婚。
離婚後に「自閉症?」っと気づく。
ジョンは自閉症だと初対面の時に、私はわかっていたのですが、
夫の障害を理解の上での結婚だと思っていたので、特に何も言わずにいたのです。

昔は地元高校で理数学の臨時教師もしていたジョン。
相手の気持ちの理解や生徒の扱いがうまくできずに厳重注意3回の後、クビに。
それから就職活動をしても仕事がもらえず。

離婚後も、仕事がないジョンの生活費は友達が毎月仕送り。
ジョンが住んでいる別州のマンションも友達の持ち物。
ジョンはひとりぼっち。

去年のクリスマス。
離婚後、数年ぶりに会ったジョン。
友達と生活していた頃と比べると表情が消え、自閉症状がかなり重く出ているというのが私の印象でした。
友達もこの変化に気づき、「どうしよう?愛着はあっても恋愛的愛情はないから一緒には住みたくないし... 。」と不安を募らせていました。

そしてこの夏。
あるイベントに参加するため、ジョンがカリフォルニアに一時的に戻って来たのです。
離婚前のように、友達と同じ屋根の下での生活。
仕事で外出中の友達は家の雑用をジョンに頼みます。

そして、私の電話が ちりりり~ん。
クッキーとレモネードが大好きなジョン。
「maki!!!!クッキー焼いてって頼んだら、全部かっちこちの真っ黒焦げにしちゃって 家焼かなかったのがミラクルよ もうこれで3度目 」っと。
「え、3度目 家にいる時にジョンにクッキーの焼き方を実際に見せてあげてみたら?」っと私。
そして友達から電話再び。
「一緒に焼き方教えても、時間を忘れてまた石ころみたいなクッキーにしちゃったわよ
「クッキーの焼き方、口頭で一気に説明したでしょ?(←図星 )
クッキーを焼く過程を紙に 1つ1つリストしてみて。」と私。
これで、できました。
無炭化クッキー。

ついこの間の相談は衝撃的でした。
「ジョンね、別州で独り生活している時に、逮捕されて刑務所に一晩拘置されてたのよ。」
「え 。」
逮捕拘束の理由は、南米系闇グループに無邪気で従順なジョンの性質を利用され、 盗品密輸に協力してしまったという...。
「どうにか止めるようにできない?」っと。
その翌日、友達の家で一緒にディナーを食べる事に。

そしてジョンとABAを用いた会話を始める私。
盗品密輸の件に関しての情報を友達から事前に聞いていた私は、ジョンとの会話を「盗品密輸=✖
流れに持っていけるように会話をファシリテート【※1】します。
【※1】facilitate = 相手からの良い反応の可能性を高められるように状況・会話を誘導する事。

うちのタマもそうなんですけど、ジョンも"WHY"、「なぜ?」という質問が非常に理解しにくい事はわかっていたので、"WHY"(なぜ?)を"WHAT" (何?)で始まる文章に変えて質問。

こんな風に。
"WHY did you help those people?"
(なぜ闇グループの人達のヘルプしてしまったの?)
ではなく、
"WHAT made you help those people?"
(が闇グループのヘルプをさせたの?)

ジョンの答えは...。
「ピザ。」

「なるほど。ピザがヘルプの報酬なんですね。」
っと私も普通に対応。

60歳というのは単に肉体の年齢であって、ジョンの純粋な魂年齢は少年そのもの。
かわいいなと思いましたが、法に触れる事をやってはいけないし、ジョンの世界に自分を置き換えてみたら笑ってはいられないのです。

元理数教師だけあって、数字にはとても強いジョン。
会話にも数字を入れてファシリテート。
会話の終わりにはジョンの口からきちんと「闇グループとの関連0%でトラブル フリー」の答えを導く事ができ、それ以来、闇グループから連絡が来ても一切取り合わくなったジョン。
友達は涙をぽろぽろ流して喜んでいました。

友達からの依頼もあり、この夏はかなり頻繁に友達の家で食材持ちより→一緒に夕食準備→一緒にディナーを食べました。
ジョンがカリフォルニアに一時帰州してから1ヶ月。
人と関わりを持つ事で、ジョンの表情もとても豊かに

先日、友達が「女2人だけの会話」で泣きながら私に明かした気持ち。
「私だってまた恋 をして人生を楽しみたいよ。でも、離婚してもジョンの事は切り離せないって思うとやり切れない孤独感と悔しい気持ちでいっぱいになるの。ジョンの家族はジョンの事は一切放棄・無視だし。」

「家族が一切放棄・無視」
私の心にグサッ と来ました。
でも、家族の気持ちもわかります。
重い気持ちになりました。
「気持ちよくわかる。同じ自閉症でもタマは私の息子。ジョンは結婚で繋がった人だもんね。タマとの事で色々と学ばせてもらってるけど、私も心の中で封印している事はたくさんあるよ。ジョンの家族がもう少しジョンの障害に心を開いてくれたらいいのにな。自閉症の人達と学ぶ事は私の生涯学習。だから、ジョンの事で私にできる事があればいつでも言ってね。家族だけが世界じゃないんだから。それに、恋をしたっていいんじゃない? 元夫ジョンの事をサポートしている女性を理解・サポートできる男性は必ずいるよ。」

友達は涙を拭いて「makiの言葉に乾杯 」っとにっこり笑ってくれました。
そして私は言いました。
「タマの時には私も随分と時間かかったけど、大丈夫って思える「その時」が来たら腹くくって前進できるから‼ 私達健常人の世界には汚い事がいっぱいなんだから、そういう汚い事からタマやジョンのような人達を守るもの私達ができる事。」

友達は、私の言葉を真っすぐに受け止めてくれ、
「ありえない。このバカたれ‼」
と、先日掛かってきた怪しい外人訛り&怪しい電波のまさに怪しい度100%の電話主(ジョンが生活する別州から)を一拭。「ジョンが車を購入したいと言っているのですが、保証人になってくれませんか?」
という内容。

ジョン、運転免許証は持っていないのであります。笑

ジョンの子供時代は、今の様にちょっとでも傾向があればすぐに「自閉症診断」が出る時代ではなかった事から、ジョン本人に自分には自閉症という障害があるという事はまだ知らされていません

私が子供だった時にも、クラスに必ず1人か2人、今になって考えてみれば「あ、もしかして...。」と思うクラスメイトはいました。
実際、保育園~中学校まで私のクラスには
(今だからわかる)自閉症で言葉がうまく発せず絶叫する「がちゃこさん」←タマの小さい時と同じです。
ダウン症の「ともちゃん」
(今だからわかる)自閉症の「ふぅちゃん」
なんらかの障害がある「ナルくん」
そして下校後通っていた学童児童センターにも
(今だからわかる)自閉症の「よねちゃん」
がいました。どこか違うぞっという事はみんなもわかっていました。それでも「〇〇くんは違うから」とか「〇〇さんに言ってもどうせわからないから」と言う事は一切なくお互いありのままで接していましたね。
これはきっと、ただ単に自分とちょっぴり違うだけで優劣をつけるというような心は子供にはないからだと思います。

「おしゃれサロン」のきっかけとなった、子供キャンプでの事。
福祉を専攻している大学生ボランティアが言う「教科書通り」にはいかない現実。
小・中・高の時期に障害者とも自然に接する機会が増えれば、お互いに何かを感じ取る事ができ、障害者に対する「壁」が低くなる・改善できるのではないかと思うのが私個人の意見です。

ジョン。
昨日、友達の運転で別州に帰りました。
そして今日、友達は別州の自閉症サポートグループの方達と会い、医師による正式な「自閉症診断」を出してもらい、これからの独りの生活でのサポート要請の第一歩を踏み出しました。
誰に対しても愛情深くて、なんだかんだあっても、ジョンの事が気にかかる友達。
帰りの長い運転はひとりぼっち。
寂しくならなきゃいいけど...。

クリスマスにはまたカリフォルニアに帰ってくるジョン。
また、たくさん時間を過ごしたいと思います。
ジョン、またね。
体に気を付けて...。

ジョン
「盗品密輸=✖ 」の会話をした夜。

花火をするジョン
独立記念日に花火を楽しむジョン。