Taproot〜アメリカ発。自閉症児タマ&教育の現場

自閉症児タマの母/特別学級職員のmakiが発信する日々のあれこれ。

October 2014

「当たり」の予感がしていたPECS。
早速、ビビアンとイブに使い方を教わりました。
まずは、イブがいつもバッグに常備していたPECS=絵カードで私にお手本を見せてくれました。
それは、「絵」のナイフ・フォーク・スプーン= "utensils" のカードでした。
(食べる時に使う道具は総称して"utensils"と言います。)

PECSを使ってターゲットにする「言葉」の分類は2種類。
1)自分で発語するExpressive Language
2)話し手の言葉を理解するReceptive Language

まずは、Expressive Languageを引き出すPECSの使い方の基本。
絵カードを見せて、"What's this?" / 「これは何?」と聞く。
相手が答えればOK。
例えば、「りんご」のカードを見せて、相手が「りんご」と言ってくれたらOK。

そして、Receptive Languageを伸ばすPECSの使い方の基本。
相手に"Give me〇〇" / 「〇〇ちょうだい。」と言う。
相手が指示した絵カードを手渡してくれたらOK。
これは、タマにとっては結構大変でした。

始めのうちは、Hand Over Hand(タマの手を取って)で、"Give me"と聞こえたらカードを相手に手渡す行動を見せる繰り返しでした。

「これだよ。」「ここだよ。」「これ見て!」と、指差しをして人に何かを伝える事ができなかったタマにとって、人に何かを渡すという行動自体が意味不明だったからだと思います。ブログ中でも散々書いていた通り、タマは何かが欲しい時、不快感、悲しい、イヤなどの要求・意思を伝える時には「絶叫雄叫び」でしたから。つまり、タマにとっての人との関わりは、全てタマから相手への一方通行だったのですから。

「まずは、毎日使って目にするutensilsで」というイブの意見で、私も毎日"utensils"の絵カード片手にExpressive Languageのターゲットにチャレンジ。「全然入らない。(汗)」タマは"utensils"の"U"の音さえ発語しません。2週間が過ぎた頃、私は思いました。「確かに、スプーンとかフォークって毎日使って目にするけど、もっとタマが興味のある物の絵カードから始めた方がいいんじゃないかな?」っと。それほど、タマの"utensils"への注目度はゼロでしたから。ビビアンに私の意見を話すと、「makiの意見に同感。」となり、私の勝手でタマの大好物だったクッキーの絵カードを作り、早速試してみました。

すると‼
早い早い!
Expressive LangaugeもReceptive Languageも80%越え!
1週間でマスターしたのです。
ビビアンと私は、タマの「クッキー」をイブに報告するのを楽しみにしていました。

そして、イブ訪問の日が来ました。
「PECSはどんな感じ?」イブがビビアンと私に聞きました。
ビビアンと私は ニコニコ顔 で、「タマの部屋に行きましょう!」とイブを先導しました。
いよいよタマの「クッキー」の発表です。

ビビアンがタマに聞きます。
「これは何?」
タマが答えます。
「クッキー」

ビビアンがタマに言います。
「クッキーをちょうだい。」
タマが「クッキー」の絵カードをビビアンに手渡します。

イブの反応は...。

非常のご立腹のご様子。

「え?( -д-)」ビビアンと私の顔から笑顔が消えました。

イブはビビアンにお説教を始めました。
「どうして私の指示を無視して勝手な事をするの?」と。
「今はタマのセラピーのセッション時間なので、ビビアンにはタマとのセラピーを続行してもらっていいですか?」と言い、私はイブをリビングに連れて来ました。

maki: 「イブ。絵カードを「クッキー」にしたのは私ですよ。ビビアンじゃないですよ。イブが指示した'utensils"。2週間やってみたけど、まるっきる反応も進歩もないでので、タマが大好きなクッキーにした方がいいかと思ったんです。」Eve: 「じゃあ、私が指示した絵カードが間違えだったって言うの?」
maki: 「間違えなんて言ってません。ただ、絵カードで言葉を教える最初のアイテムとしては、タマには合っていなかっただけです。」
Eve: 「それで"utensils"を教えようとしていた2週間を無駄にして「ふりだし」に戻ったて言うの?」
maki:「無駄になんかなってないじゃないですか。しばらく続けて「違う」って思ったから、「ふりだし」に戻って別の絵カードで試してみた。ただそれだけの事ですよ。それで、「クッキー」をマスターして、「ふりだし」からコマが1つ進んだじゃないですか。」
Eve:「私の別のクライアントは、"utensils"から始めてみんなうまく行ったの。研修でも、"utensils"の様な身近な物から始めるといいって言ってたわ。どうしてmakiは勝手に変えたの?」
maki: 「クッキーに対するタマの注目度が良かったからです。研修で学んだ事が全ての自閉症児に適応するなら、セラピーなんかしないで、私だって研修に行って全てを丸暗記しますよ。」
Eve:「じゃあ、1週間でマスターしたって言う「クッキー」の絵カードで私もやってみて、タマができたら本当にマスターしたと見なす事にします。」
maki:「どうぞ。どうぞ。やってみて下さい。」
タマはもちろんイブの指示通りに「クッキー」をやってのけました。
まさか、こんな事でイブが怒るとは思ってもいなかったので、私も内心びっくりしていました。
その日の夜、イブから電話がありました。イブの声は涙で揺れていました。
「ごめんなさいね。私、社内でいつもmakiの事自慢しているのよ。タマと一緒に進もうとしてる姿勢が大好きだから。こんな風にセラピーに参加して学ぶお母さんはめったにいないのよ。」と。私もイブに謝りました。「ごめんなさい。私もイブの経験を軽視するような発言をしてしまいました。」と。

イブは、この数年後には現場から退き、社内でセラピストを育成する講師になりました。イブの講義を受けたセラピストから聞きました。「makiとの経験がよっぽど身に染みたみたいで、『自分達がいくら正しいと思っても、親の意向もきちんと聞き入れなくてはいけません。子供の事を一番よくわかっているのは親なんですから』っていつも言っていましたよ。」と。

私もイブとのこの経験で気づき始めていました。
初めてABAセラピーを耳にした時は、「魔法のような劇的改善」が速攻あるのかと思っていたけれど、ABAの基本自体(「できたら褒める」「できない時も叱らずに前向きな言葉で再トライ」)は、障害があるないに関わらず、子育てをしている多くのお母さん達は既に実践している事なのだと。
心が軽くなりましたね。
まあ、私の場合、どんな時にも叱らないというのは、今でもかなり難しい時がよくありますけどね。笑


結局は、ABAも一つ一つの「積み重ね」。魔 法なんかじゃないんだ
と。

ただし!

「タマに一番分かりやすい方法」を見つけ出した時には、魔法のような劇的な改善が見られるのです。
「クッキー」がそのいい例です。
いかにして一番の方法を見つけ出すか。
お兄ちゃんが成長の過程で自然に習得した事でも、タマには同じ過程では習得できない事もあるのです。
「障害があるから」「かわいそう」「できない」なんて思わなくてもいいのです。
お兄ちゃんにもしてきているのと同様に、タマと向き合って、タマをよく見る事。
これが私にできる事。

そんな事を気付き始めた時に、思い出したのは大学時代に読んでとても印象深かったこの言葉でした。

"You cannot teach a man anything,
You can only help him discover it whithin himself"
                                                 Galileo Galilei

人にものを教えることはできない。

みずから気づく手助けができるだけだ。
                                           ガリレオ ガリレイ

考えてみれば、タマは言葉が無くとも、どうしたいのか、何を訴えているのか、数ある雄叫びの「レパートリー」を駆使して、私に色々と気づかせる手助けをこれまでずっとしてくれていました。例えば、タマが視覚優位だと言う事も。そして、PECSというコミュニケーション方法を使う事で、タマに言葉という方法があるんだよっと気づいてもらえる手助けができたのではないかと思います。
もちろん、こんな風にお互いが気づく手助けができたのは、ABAセラピーの一環として取り入れているPECSの使い方をセラピストに習えたからです。
PECSを使って、お兄ちゃんが言葉を自然に習得したのとは全く違う方法で言葉の存在に気づかせるという事は、健常児のみの子育てをしていたとしたら、まずお目にかかることもない方法なのですから。

さて、
「クッキー」から始まったPECSでの言葉のターゲット。
「ちゃ(麦茶)」「じゅ(ジュース)」「ぼ(ボール)」の3語のみだったタマの言葉も、1年後にはExpressive LanguageもReceptive Languageも100語を超えるまでになっていました。

一番嬉しかったのは、タマがPECSを使うようになってから、3歳にして、私の事を初めて"Mommy"と呼んでくれた事です。タマの言葉がPECS効果で増えていくのは本当に嬉しいものでした。私は、夜更かしして色々なPECSを作りました。

photo 1 - Copy



これは、タマが実際に使ったPECSです。家族の顔写真のPECSも作りました。
ビビアンに、「家族のターゲットは誰からにする?」と聞かれて、「私が最初に決まってるでしょ!」と爆笑会話をしたのも覚えています。

はい。

アメリカ生活がどんなに長くとも、「ごはん」「みそ汁」「寿司」「お箸」。もちろん「アンパンマン(とゆかいな仲間達)」のPECSも作りました。日本人ですから。笑 それに、タマは相当な「丸いものフェチ」という事にも気づいていましたから。笑 (「エルビス事件」を思い出して下さい。「ぽわぽわ」=丸いポンポン アナが最初に自宅セラピーで来た時にタマが選んだおもちゃ=ボール。今現在でも、タマのお気に入りリストの上位を占めるのは「ドラえもん」。 Monster's Inc.のマイク。「ぜんまいざむらい」。怪盗グルーの「ミニオン」など、丸いものです。丸くないもので上位に食い込んでいるのは、トランスフォーマーくらいですね。笑)

そして、ある程度の言葉のバンクが増えたところで、"Sentence Strip" (文章カード)が登場しました。
これは、はがきくらいの大きさのカードに、"I want" (~が欲しい) "I need"(~が必要)という文章の出だしのみが書いてある紙片にPECSを組み合わせて使うカードです。これで、3語文の練習ができるのです。
photo 2 - Copy

これが、タマが一番最初に私のところに持って来てくれた「自力作」の文章カードです。
ビビアンのサポートありでしたが、私の肩をトントンとして"Mommy, I want cookie."と一生懸命言い終わった時、タマと本当に会話ができた感じで(嬉しくて)x1000、消える魔球並みの速さでクッキーをタマに。ビビアン、タマ、私の3人でグループハグ!お兄ちゃんもダンナもこれには大喜びで、週末には何度も何度もタマと"Sentence Strip"をやり、タマはクッキーの嵐に大喜び。「夕食にひびくからやめてくれ~!」と文句を言いながらも、「最後は私にやらせて!」と、みんなでタマの進歩に喜びを感じていました。

今回は、PECSを使ってのレッスン(7年ぶりでちょっとドキドキしました‼)の動画リンクを載せておきます。
動画では、Expressive Language & Receptive Languageを同時に行っていますが、PECSを初めて使う時には、Expressiveから入る方がやりやすいかと思います。Receptiveの方も、"Give me〇〇"/「〇〇ちょうだい。」がマスターできたら、"Point to〇〇 "/「〇〇を指差して。」"Where is〇〇"/「〇〇はどこ?」と変化球も増やしていけます。注)タマは右耳に軽度難聴があるので発音が動画では聞き取りにくい部分もありますが、多めに見てやって下さい。え?私の声がデカいだけって?笑

PECS 1枚
https://www.youtube.com/watch?v=4D1NCTw8-Co&list=UUO3gt6B4VNf9G-ub7OsdXdQ
PECS 3枚
https://www.youtube.com/watch?v=OQ_TikDm91w&index=2&list=UUO3gt6B4VNf9G-ub7OsdXdQ

PECS 10枚
https://www.youtube.com/watch?v=BlPlIsVIlBI&index=1&list=UUO3gt6B4VNf9G-ub7OsdXdQ

次回は、「エルビス事件」の様に、ある大きなきっかけとなる写真1枚が登場します‼

最後の最後にひと嵐あったIEPでしたが...
後日、学校区がオファーしたT学校に見学に行き、最終「Go!」を出しました。

カリフォルニアでは、親がクラスを見学し、「ここはうちの子には合っていない。」と判断すると、学校区は別の特別学級を、親が「いい」と言うまでオファーし続けるというのが法的な決まり。
もし、それでも合うクラスがなかった場合は、学校区の公費で私立学校に生徒を送るケースもごく稀にあります。
学校区のオファーがなくても、親が選んだ学校に入れる事ももちろん可能です。
この場合、自宅から学校がどんなに離れていても親が自分で送り迎えをするというのが決まりです。
スクールバスの送迎サービスが外されるからです。

さて。
このT学校3,4歳児 自閉症児クラス
特別支援学級の分類はMS(Moderate to Severe)=中度から重度の生徒のクラスです。

中はとてもカラフルで、担任のラッピ先生の他にも助教員2人と、生徒個人に付いているABAセラピストが数人いました。うちがお世話になっていた民間企業からのセラピストもいました。
初めて見た特別支援学級。クラスではみんなで床に丸く座って、歌ったり、踊ったり、先生が読み聞かせをしたりする「サークルタイム」が行われていました。
みんな すごい!すごい! 」っと思いました。
ABCの歌を歌い出した時、先生がカードを見せながら、「この文字は?」と聞くと「A! 」、「どんな音?」と聞くと「ア!ア!ア!」のように、アルファベットの文字と発音が認識できていたんですから‼
この時タマはアルファベットなど一文字も認識していませんでしたが、「よ~し!タマもこうなるぞ!」と、なぜか確信していた私がいました。

                                                  そして! 
                                                               4月にタマが3歳になり...。
                        ついに来ました。タマが学校に行く日が‼

photo 1

うちの前にスクールバスがやって来ました!タマもバスに興味深々。親はドキドキです。


photo 2

                                               運転手さんがカーシートにタマを座らせてくれました。

タマと同様、小さな生徒が8人くらい乗っていました。

「タマ~!ケガしないでね!楽しんで来てね!」と心配しながら声をかけても、窓の外に気になる物があったようで、
私の事をチラ見するだけで、知らんぷりのタマ。笑

 「タマ! (;_;)/~~~ばいばい!」と言っても、
またチラ見で知らんぷりのタマ。笑

次の生徒のお迎えの時間があるので、バスは行かなくてはなりません。
タマを乗せたバスが見えなくなると、ダンナは、仕事へ。私は、自分の車でT学校に先回り。
タマがどんな風にバスから降りて、どんな風に教室まで行くのか心配で心配で、自分の目で確かめたかったからです。しばらくすると、来ました。来ました。タマを乗せたバスが!
私は、タマに見えない様に陰に隠れて見ていました。バスのドアーが開くと、
「あ、これタマだ...
バスの中からタマの泣き声が聞こえてきました。
「タマ...」。
助教員に連れられて下車したタマ。大泣きしていました。
そんな姿を見て、心がチクチク痛みました。
でも! これからタマも私も、毎日通う学校に慣れていかなくてはいけないのです。
飛んで行って抱っこしたい気持ちを両手をぐーにしてこらえて、学校がどんな対応をするのか見る事にしました。
タマがバスから降りると、助教員が"Hello, Tama! Welcome to school!"(「タマこんにちは!学校にようこそ!」)
と、泣いているタマに、ニコニコ特大笑顔で対応しています。そして泣き続けるタマを抱っこすると、指を差しながら、「ほら、見て!あそこでランチ食べて、あそこがタマの教室だよ。」っと学校の施設をタマに教えています。
タマも泣きながら助教師の差す指の先を追っていました(注1。そして、助教師が校庭を指差した時です。タマは泣き止んで「抱っこ 降りる。降りる。」と足をバタバタさせてアピール。「おっ⁉何?何?」私も身を乗り出してタマの次なる行動に注目態勢。

(注1 自閉症児のあるある行動の1つに、「指差しをしない。」というのがあります。いわゆる健常児の子供が親に「これ見て!」とか「ここだよ!」と指を差して人に教える事はしないのです。当時のタマも指差しは全くしませんでしたが、人の差している指の方向を追うことはできていました。中には、人が指で差している物も目で追えない自閉症児もいます。

タマは...。
抱っこから降ろしてもらうと、背中にしょっていたリュックをポトっと落として、「きゃ~ 」っと両手を挙げて校庭に走って行きました。「も~な~んだ。よかった~!」っとほっとしました。陰で1人で一喜一憂していた私。ほかの人に見られていたら、「ただの怪しいアジア人」だったに間違いありません。笑
助教員もそんなタマを見て、ニコニコしながらタマの後に付いていてくれました。そして、「ブー!!! 」 (私が住んでいる街の学校の始業ベルは♪き~んこ~んか~んこ~んのメロディーではなく、「気合い入り過ぎだろう」と思うくらい音量大&地味な音一発なのです。)っと始業ベルが鳴ると、担任のラッピ先生が、7色のビニールテープが貼ってある1メートルくらいの白いプラスティックの棒を持って、校庭に生徒をお迎えに来ました。生徒達は、助教員や各セラピストに誘導されてその棒に集まります。そして、1人1人「Red, Orange, Yellow, Green, Blue, Purple」と、言われた色のテープが貼ってある棒の部分につかまるのです。そして、先生を先頭とした生徒14人のかわいい一列は教室に入って行きました。私はタマの姿が小さくなるまで見ていました。「あんなにちっちゃい体でバスに乗って、学校に行くのが信じられない。がんばれ~タマ!」っと心の中で大声で叫んでいました。
学校が終わり、家にバスが到着した時には、バスの中で寝ているタマがいました

夕食の支度を途中までして、数時間後には、お兄ちゃんを保育園にお迎えに。
そして、その30分後には夕方までタマの自宅セラピー。
これがほとんど毎日の我が家のスケジュールでした。
学校のスケジュールになってからは、今までのセラピスト、アナのスケジュールが合わなくなり、新しいセラピストのビビアンがタマのケースに付くことになりました。ビビアンが来てくれた初日。「ビビアンに慣れるまで、またしばらく時間がかかるのかな?」っと思っていましたが、おもちゃがいっぱい入ったデカいスーツケースを見て、タマもすたすたと部屋に入って行きました。ビビアンは、私から見ても「子供が大好きオーラ」を放っているセラピストだったので、タマも3日もすると慣れて、ビビアンが来るとニコっとして「抱っこ」のジェスチャーをするようになっていました。
まずは学校でのプログラムに合わせて、タマの苦手な事をメインにセラピーをしました。
例えば、サークルタイムでの歌。タマは一緒に座ってはいるものの、歌わない・踊らないのです。
そっぽを向いて座っている時もありました。
私もセラピーに参加して「きらきら星」や「ABCの歌」をビビアンと一緒に踊り付きで歌いました。ビビアンはタマの学校にも行ってくれていたので、各歌の振り付けも完璧です。でも、タマは辛口評論家のごとく無反応。あまりのシラケたタマの反応に、やっている私が恥ずかしくなる時もありましたが、ここは楽しそうにするしかありません。笑  寝る前の時間に、お兄ちゃんにも参加してもらって歌いましたよ。「きらきら星」←踊り付きで。本の読み聞かせの時には決まって部屋から脱出。
こんな事の繰り返しでした。

この時、タマが自発的に発語していた言葉は「ちゃ(麦茶)」「ぼ(ボール)」「じゅ(ジュース)」の3語のみ。
「もっと」「電車」「飛行機」「お願い=Please」「お母さん」「お父さん」「靴」「赤ちゃん」「ヘルプ」は手話で覚えていました。「もう少し、発語が増えたらいいな。」と思い、ネットで色々調べてみると、PECS(Picture Exchange Communication System) コミュニケーション法という物を見つけました。日本では「絵カード」として知られている物です。タマは視覚優位なので「これはいいかも!」と、私の頭の中で電球がパッと灯りました。

発表します!

それは...

あのカウンセラーでした。

IEP終了後、ABAセラピー コンサルタントのイブは、「全てうまく行ってよかったわね!」と、私達とハグ。
駐車場で、カウンセラーが「ちっ!」とまた舌打ちをしてカツカツ靴も鳴らしています。
次の生徒の家を訪問するのにイブが去ったのを確認すると、カウンセラーは、鬼の形相で話し出しました。
以前の「偽セレブ保育園」でのやり取り同様、現場の空気を100%再現のため、ココからは生の英語でお送り致します。

Counselor: "Why did you do that?" (「何であんなことしたの?」)
maki: "What are you talking about?" (「何の事言ってるんですか?」)
Counselor: "Why did you send away the Japanese speaking teacher?" (「何で、日本語を話す先生を帰したの?」)
maki: "Because I didn't need a translator." (「通訳はいらなかったからです。」)
Counselor: "Yes, you did! I know your type!!" (「あなたには必要だったんです!私、あなたみたいなタイプ知ってるわよ!!」)
maki: "WHAT? What do you mean by that? Tell me about MY TYPE, then." (はぁ?それってどういう意味ですか?だったら言ってみて下さい。私のタイプ。」)
Counselor: "Your type is the kind who would say, "Oh, I didn't get that part because English is not my native language" if the IEP didn't go your way, AND blame it on ME!" (「あなたのタイプは、もしIEPが自分の思い通りに行かなかったら、「あ~。英語は母国語じゃないから、そこの部分は理解してませんでした。」って言って私のせいにする種のタイプよ。」)
maki: "You are SO WRONG about my type! (私のタイプ、あなたすっごく間違えてますよ!」)
Counselor: "I've been a counselor for many families and I KNOW people! I may be Mexican, but I have a college education here in the U.S.!" (「私は色々な家族のカウンセラーをしてきています。だから、人がわかるんです! 私はメキシコ人かもしれないけど、私は、ここアメリカで大学教育を受けています!」)
maki: "Guess what? I may be Japanese, but I have a college education here in the U.S. too! SO WHAT? Whatever you are trying to say, just because you've been a counselor, or just because you have a degree in the U.S., I don't appreciate the way you talk to people." (「ちょっと聞いてもらっていいですか? 私は日本人かもしれないけど、私も、ここアメリカで大学教育を受けています! だから何ですか? ただカウンセラーを長くやっているからとか、アメリカで大学を卒業したからって、何が言いたいのか、あなたの人に対する話し方、私は嫌いです。」)

カウンセラーは、ハッとなり固まっていました。
「まあまあ。全てうまく行ったんですからいいじゃないですか。」と、ダンナの仲裁発言で「異様な雰囲気」が解除され、カウンセラーに"GOOD BYE!"。

帰路の車中で、ダンナが言いました。「あのカウンセラー。ダメだな。」
家に着くと、私は早速、法人に連絡をし、IEPでの出来事を話しました。そして、別のカウンセラーがタマのケースに付くことになりました。

カウンセラーは、過去に英語が母国語ではない家族に、「あなたが通訳を付けてくれなかったからいけなかったんだ!」と攻撃されてイヤな思いをしたのだろうと分かりますが、タマのこれからの療育を決める事には全く関係のない学歴を振りかざして何になるのだと思いました。もし、私がアメリカで大学教育を受けていなかったら、「ここはアメリカです。だから、アメリカで大学を出ている私の方が知識があるのです。」とでも、言うつもりだったのでしょうか?初めて会った時から威圧感・圧迫感があって「いい印象が持てない」と、思っていたカウンセラー。この様な形でお別れになりました。

このカウンセラー以外にもいましたよ。「勘違いしている?」と思う、日本在住、「国際的セラピスト」の方が。
タマの「絶叫雄叫びがひどくて、本当に困っていた時、インターネットでやっと辿りついた方です。
プロフィールを見ると、非常に輝かしい経歴。
ウェブサイトも日・英のバイリンガル。
アメリカのABAセミナーに多数参加とも書かれてありました。
この「先生」のセラピーを受け、自閉症児の「困った行動」が魔法のように良くなったと「会員様」からの絶賛。
私はダメ元で、先生にメールを送りました。すると、返答を頂けたのです。
が! 「私のサービスにかかる費用は弁護士並です。この先の事を知りたければ、私の研究所への入会をお勧めします。」と。そして、近いうちに、うちから車で数時間の所に、先生が日本から研修で来る予定があると。
「その際のホテルや食事などの滞在費用はmakiさんの全額負担でなら会ってもいいですよ。」との事でした。

弁護士並のサービス料+滞在中の費用=無理。
なので断念しました。

ABAセラピーで、確かにタマの雄叫びの回数は減ったものの、まだまだ絶叫雄叫びは続いていました。そこで、やはり気になったのがこの「弁護士並料金」の「国際的セラピスト」の方です。最後の賭けの様な気持ちで再度メールを入れました。すると、返答はくれたものの、「確か、前にも一度入会を勧めたけど、入会しませんでしたよね。今のタマの年齢になっても、まだ「攻撃的な行動」があるようじゃ、もう遅いですよ。そんな、誰にでもできるようなABAなんてやってたってダメですよ。もし、本当に私のサービスを受けたいなら、前回に入会を勧めた時から今の時点までの会員費用全額と、タマを施設に入れて、私に見させてくれると言うのならいいですけど。まあ、そんなヒマはないですけど。海外に住んでいる人でも、何百万というお金を使って、毎年私に会いに来る人もいるというのに。」というような内容。

とても悔しい気持ちになりましたね。
「お金儲けですか?」と。

私もここで黙って引き下がる性質でありません。
「お金をかければ、よくなるのですか?お金が払えないからって、タマには何をしても、もう遅いというのは違うと思います。タマの叫びは決して「攻撃的行動」ではありません。先生の療育著書がもうすぐ日本で発売されるようなので、私も買って勉強させて頂きます。ところで、先生のウェブサイトの英語、間違っている箇所がありました。」と、正した英文を文末に添えて返信しました。私なりのプロテストでした。

しかし!この直後、ひょんなきっかけで療育関係者に会った際、驚いた事があったのです。
「そう言えば、先日、日本の「国際的セラピスト」という方にこんな事を言われたんですよ。」と話すと、
「もしかして、その人の名前って〇〇さんじゃないですか?」と。
なんと、「国際的セラピスト」を知っていると言うではないですか‼
毎年行われているアメリカでのABAセミナーで会った事があると言うのです。
聞いた話では、この「国際的セラピスト」。相当な自信家。英語は話せないそうです。
更に、「あの先生が日本のABA療育の第一人者になったらもう終わりだ。」と、別の方が言っていたとも。
そして、アメリカでのABA療育や自閉症サポートグループの方々に、この先生の名前を言っても、知る人はほとんどいないと。
先生のプロフィールになぜか、ご自分の好きな高級ブランド名まで書いてあったので、「カルト集団の教祖様」みたいな先生?と、思いました。

でも、感謝しています。カウンセラーにも「国際的セラピスト」にも。
1)肩書や経歴のみで、自閉症などの発達障害についての実際の理解度は判断できない
2) 自分の判断でいいと思う事は試してみるべき。しかし、読んだ事、聞いた事だけを100%信頼しない。
3) しばらく試してもダメな時は、固執せず、タマと私にとってはどの方法が一番いいのか。トライアル&エラーでいい。次へ進む勇気と柔軟性が必要。
と、学ぶ事ができたのですから。

この数年後、この時の事を思い出して、考えてみる余裕が出来た頃。
私は、カウンセラーに電話でメッセージを残しました。
「あの時は、お互いがぶつかり合ってしまいましたね。でも、感謝しています。今、こうして一歩、一歩、進歩しているタマがいます。何も知らなかった私を、あなたが強く引っ張ってくれたからこそ、ABAセラピーを知る事ができたのですから。本当にありがとうございました。」と。

カウンセラーからの連絡はありませんでしたけど...。笑

「国際的セラピスト」の方も、ご活躍されているご様子です。
連絡はしません。

さて。
このブログを始めるに前に、某SNSで繋がる事ができ、私の「やる気」を引き出して下さった石橋尋志さん。
石橋さんとは、実際にお会いした事は一度もないのですが、共感、勉強、たくさんさせて頂いています。
石橋さんは、関西で発達障害の自助グループを主催されている方です。NHKハートネットにご出演されたり、支援センターでの公開講座にパネリストとして参加されたりと、実際に発達障害を持つ「当事者」として広く活動をされている方です。石橋さんのお言葉は、どれもドンピシャ的確。まるで、私が思う事、考える事を知っておられるかのように、すぽっと腑に「ハマる」お言葉です。とてもスッキリします。
今日は、今回のブログ内容にぴったりな、石橋さんのお言葉2つの引用で〆させて頂きます。

「発達障害に関して、悪いけど。しょーもない専門家きどりの定型者なんて、私は信用しない。医者でも研究者でも、臨床心理士でも〇〇福祉士でも。きちんと当事者と向き合っていない専門家は片手落ち。所詮、理屈だけ。俺らは瞬時に見分けがつくよ。あなたが敵か味方か(笑)」

「発達障害について知識のない人の話は、無視していいですよ。聞いているフリだけしとけばいい。家族でも医者でも教師でも福祉職員でも支援者でも、発達障害について知識のない人は関係者でも意外に多い。そんな人の話なんて真に受ける必要ない。だって、発達障害について知らない人なんだから。」

次回は、タマがいよいよ公立学校にデビューのお話です。

IEPとはIndividualized Education Planの略。
簡単に説明すると、タマだけのためにカスタムメイドされた教育計画の事。この教育計画を決めるミーティングの事もIEPと呼ぶ。IEPは、1年間を通じてのターゲット行動を決める重要な法的書類作成のミーティングです。
カウンセラーの話によると、カリフォルニア州公費で行われてきたABAセラピー。タマが3歳になって、公立の特別支援学級に通うようになると、ABAセラピーや他の支援サービスは、学校区(要するに、私達が住んでいる街)の公費に移行するのだと。そのため、タマが3歳になる前に、学校区とミーティングをする必要があるのだと。

カウンセラーからのまたまた切羽詰まった感モロ出しの厳重注意点
1)学校側はIEPは何百件、何千件とこなしているから、騙されないように。
えっ?騙しとかあるの?
2)ありとあらゆる理由をつけて、ABAセラピーのような高額なサービスを減らそうと・排除しようとしてくる。
それはイヤだわ~。
3)学校区がトレーニングしているABAセラピストは、民間企業からのセラピストと比べると、質が落ちる。
それもイヤだわ~。
4)障害児や特別支援学級の法律を専門にしている弁護士を引き連れてIEPに来る親もいる。
さすがアメリカ。でも、うちはいいです。
5)1つでも、納得のいかない内容のIEPだった時には、絶対にサインをしてはいけない。
はい。

聞いていて、「な~んだか恐そうだな。学校区の人達って、シャキッと黒のスーツとか着ちゃって、ロボットみたいな人達なのかな~?」と思いました。このIEPミーティング。カウンセラーもABAセラピーコンサルタントのイブも、私たちと一緒に出席してくれるという事だったので、夜も寝られなくなる程の心配はしませんでしたが、IEPの事を考えると、「大丈夫かな?」と思っていた私でした。

そうこうしているうちに、ついにIEPの日がやって来ました。
【学校側出席者】
ミーティングの全てを記録する書記
特別支援学級部長
スピーチセラピスト
オキュペーショナルセラピスト(作業療法士)
心理学者
看護師
日本語が話せる教員、カワサキ先生

【タマ側出席者】
タマ
ダンナ
コンサルタントのイブ
カウンセラー
maki

部屋に入った瞬間に「うわっ!すごい人!」っと思いました。
でも、みんなとても「普通」な感じ。恐い印象など1つもありませんでした。至っていつものアメリカン カジュアルスタイル。とてもフレンドリー。まず、お互いに握手+自己紹介で着席。すると、日本語が話せるカワサキ先生が私の所に来て日本語で言いました。
「私がいなくても大丈夫ですね。今、makiさんの英語聞いてわかりました。」
「はい。通訳なしで大丈夫です。」と私。
カワサキ先生は、ヒソヒソ声で続けます。
「あのね、法人のカウンセラー(←そうです。あのカウンセラーです。笑)さんが、どうしてもって言うから来たんだけどね。何でかしらね~?makiさん、全然大丈夫なのに。私、実は今日、自分のクラスを代理の先生に任せてタマ君のIEPに来たんだけど、makiさんがよろしければ、私はこの席から外させて頂いてもいいでしょうか?」と。
「はい。どうぞ!生徒さんの所に戻ってあげて下さい。今日は、タマと私のためにわざわざありがとうございました。」と、私が答えると、カワサキ先生はミーティングメンバー全員に挨拶をし、IEPから抜けました。その瞬間、「ちっ!」と舌打ちをして、ギロっと私をにらんでいる人がいました。

IEPが行われている部屋には、おもちゃや色々な道具が散らばっていて、タマは早速、おもちゃで遊んでいます。でも、これは「タマがどういう行動を取るのか」を見るための「しかけ」なのです。親としては、あまりいい気分ではないですが、まず第一に、本当に特別支援学級で学ぶ事がタマにとってベストな事なのかを判断するために行わなければいけない事なので、私も一切口も手も出しません。学校側代表の数人の方達がタマの様子を見たり、話しかけたり、色々なテストをしている間、学校側とタマ側出席者はタマについて色々な話をしています。
学校:「トイレトレーニングは?」
maki:「自宅でタマを見るようになってから、おしっこは出来るようになりました。」
学校:「ナンバー2は? 【豆知識】アメリカでは「おしっこ」=「ナンバー1」「う○ち」=「ナンバー2」という表現が頻繁に使われます。笑
maki: 「成功が6割で、4割はまだです。お兄ちゃんを見て、教えなくても「立しょん」は覚えたのですが、う○ちも立ってやるものだと思っているみたいで、立ってう○ちをしちゃうんです。床上にです!」
学校:「とてもかわいらしいですね!」
maki:「いや~!びっくりしますよ!床上で"HELLO!"って構えているナンバー2見つけると。」
これには、学校側も大爆笑でした。
学校:「この先、どうやってそれをクリアーしていけると思いますか?」
maki:「タマは視覚優位(目で見た情報の方が、耳で聞こえてくる情報より理解できる)なので、お兄ちゃんがナンバー2をしている時に潜入して、タマに見せて教えて行くしかないと思っています。私の時でもいいんですけど、恥ずかしいので。」
学校:「なるほど。笑」
この様に、最初に抱いていた印象とは全く逆な和やかな雰囲気のIEP。一番気にかかっていたABAセラピー続行か否かの件も、私がミーティングで提出した2ページの「これまでのタマ」という作文を読んで下さり、すんなりと「ABAセラピー」続行が出たのです。しかも!イブの「もちろん、私達がセラピー提供続行でいいですね?」で「YES!」!本当にホッとしたのを覚えています。その後、イブが用意していてくれた「タマの進歩」というビデオを見て、学校側の方々もみんな涙を流していました。このビデオで、タマと二人三脚で歩き出したまだまだほんの短い軌跡を振り返ることができ、私も涙が出てしまいました。「自分の子供ではないのに、こんなにも共感してくれる方ががいる」という、感謝で一杯の涙です。ダンナは横からそっとハンカチを差し出してくれました。笑
またほんの少しだけ淵底から浮上した私がいました。

2時間にも及んだ初めてのIEP。学校側が提供してくれる事になったサービスはこちら。
1)T学校、3,4歳児 自閉症児特別支援学級
2)スピーチセラピー
3)オキュペーショナルセラピー(これは、タマには不要のサービスだったのですが、療法士が「タマのクラスメイトになる子達のほとんどが受ける+シェービングクリームを触ったり、木の葉の上を歩いたり等 (注1) 、タマにとっては楽しい事がたくさんあるので、最初だけ参加させてあげて下さい。」との一存で。←ありがたいです。)
4)家・学校の送り迎えのスクールバスサービス
5)ABAセラピー(学校・家で時間分割)
6)ターゲット行動13項目。
(注1)自閉症児の中には極敏感な感覚の子も多く、シェービングクリームを触るのも、木の葉の上を歩くのにも痛みにも似た感覚がする事があるそうです。中には蛍光灯で頭痛や集中力散乱する子もいます。例えば50ヘルツの蛍光灯なら、光が50回ちかちかと電球内を行き来しているのが見える子もいるそうです。
とてもいい感じで終了した初めてのIEP。若干一名、 かっちんこっちん怒っている人がいました。
さて、誰でしょう...?

月~金、2時間半の自宅セラピー。重たい「おもちゃ箱」=(スーツケース)をもって毎日参上してくれるアナ。
【ちょっと横道情報】この「おもちゃ箱」。いつも同じではありません。別のおもちゃ(消毒済)が入った別のスーツケースに月1頻度で変えてくれます。開始から2週間程すると、アナを見てニコっとするタマ。自発的に部屋に行くタマがいました。タマも私も色々学びました。自宅セラピーの特典は、セラピストのやっている事を、親も実際に見て、真似て、覚えていく事が出来ることです。
そうする事で得られる事:
1)セラピストがいない時でも、親もターゲット行動をマスターするためのABAセラピーができる。
2)ターゲット行動が本当にマスターできたのか、セラピストにとっても目安になる。
Yes。アナが帰った後でも、機会があるごとにやってましたよ、ぷちABAセラピーby maki。

では、「マスターする」とはどういうことか?ですよね?笑
1つのターゲット行動を80%別々の日3回連続でタマがやってのけると「マスターした 」となるのです。が その後のGENERALIZATION=般化MAINTENANCE=維持もABAの重要なポイントです。

セラピストのアナだけとか私だけのように特定の人だけに、タマがいくらターゲット行動を披露できても「まだまだ甘ちゃん」。誰がやっても、別の環境(タマの部屋、別の部屋、学校、外出先etc)でも、タマが同じ行動をできるようになる事をGENERALIZATION=般化と言います。

そして、一度マスターしたターゲット行動を時間が経っても、maintenance=維持する事ができて、ターゲット行動が本当にタマの身に付いたと実感できるのです。

今回のブログをアップする数日前に録画した動画をご覧下さい。

2歳の頃には部屋から脱走を図るほど興味がなかった「なぞり書き」。一度マスターしたら、9年近く経った今でも、きちんと般化と維持ができているのがわかるビデオです。
http://youtu.be/SlgvkMMnSIM

次は、3歳でマスターした"Do this!" (これをやって=真似して)の動画です。「現在のABAセラピストとタマ」バージョン!
http://youtu.be/rmCMMi_tbME

私がやっても大丈夫です。最後は「makiとタマ」バージョン!
http://youtu.be/69EKCt2d3S8

で?どうやってデータを出すのか?って思いますよね?笑
この写真を見て下さい。
photo (1) ①この分厚いバインダーにターゲット行動1つ1つが分けてあります。
②このデータシートでは、上部の黄色線が80%マスターの線です。これを見ると、まだ3回連続で80%を超えていないのがわかります。
③こんなデータシートもあります。別々の日に3回連続で100%になっているので、このターゲット行動はマスターした事がわかります。
④このデータシートでも、まだターゲット行動をマスターしていない事がわかります。

リズムとスピードも重要なABAセラピー。セラピストは、タマとセラピーをしながらデータも取っているので、「文字・記号1つ」や「丸だけ」で各ターゲット行動ごとに1番的確なデータが取れるシートを使うのです。
私は気が向いた時に、普通のメモ紙にぴっぴっぴ!と、たま~にやっていた程度でしたけどね。笑

最後に疑問に思うのは、「なんで100%じゃなくて80%でマスターなの?」じゃないですか?笑
それは!いわゆる「健常児」でも、テストにしても日頃の行動にしても毎回100%完璧ではなく、80%くらいだからなんですって。
はいはい。確かに、「健常児」のお兄ちゃんも、毎回100%ではありません。笑

1カ月もすると、自宅でのセラピーが我が家での日常になっていました。アナやイブに直接質問ができたり、直接アドバイスや指導をしてもらえる事も、私の大きな支えになっていました。でも!でもです!
「も~やだ!」
いっそのこと、タマと一緒に絶叫しちゃおうかなと思うくらい、ノリ(出来)が悪い日もたくさん。イライラ来ている自分が嫌で、「こんなんじゃダメだ。」と泣きながら寝た日もたくさん。
「よっしゃ~!」
腰に来ちゃってもOK!タマを何度でも高い!高~い!しちゃう っと思うくらいノリノリ絶好調の日もたくさん。

大袈裟な演出の多い「昼のメロドラマ」の様に、アップダウンな日々の繰り返しでした。そんな私を一番支えてくれていたのは、当時はまだ4歳だったお兄ちゃんでした。私が涙を流していると、「はい。これ!」っとティッシュを持って来てくれたり、"Tama will be fine! Everything will be fine!" (タマは大丈夫になるから!全部大丈夫になるから!)
と、言ってくれていました。えっ?ダンナ?はい。笑 仕事で家に帰るのが遅いので、日中、家で起きていた「ドラマ」の事は、いつも黙って聞いてくれていましたよ。

さて!
32カ月
(2歳8カ月)から自宅ABAセラピーを始めたタマ。3カ月後には35ヶ月(2歳11ヶ月)。こんな進歩が見られました。
➡言葉の理解&表現力
9ヶ月並→11ヶ月並
➡ 言語の実践的使用法
3ヶ月並→12カ月並
➡周りで起こっている事に関しての認知度(楽しい事で笑う、危険を察知する等)
16ヶ月並→19ヶ月並
➡社会生活適応認知レベル(周囲の人との適応レベル。周囲の人をどのくらい見ているか)
3ヶ月並→11カ月並
➡日常生活適応レベル(歯を磨く、自分で服を着る、ドアを開ける、コインをスロットに入れる等)
21ヶ月並→39カ月並 (月齢を超えました)
今だから言えますけど、このように発達にバラツキが多いのも自閉症児の「あるある」なんですよね。

こうして、ABAセラピーでいい波に乗って、私も淵底から少し浮上していた頃。
カリフォルニア州契約下の発達障害者支援法人のあのカウンセラーから電話が...。
何やらまた聞いた事がない事を言っています。
「IEP?何ですかそれ?」

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