皆さんは「吹き戻し」というおもちゃをご存知ですか?

吹くとぴーっと笛が鳴って紙がしゅるしゅるっと伸びて、口を離すとピロっと紙が丸まるアレです。淵底にいた私はまさに「吹き戻し」状態。当時は専業主婦だった私。買い出し&子供のお迎え等、どうしても外出しなくてはいけない時には、ぴーっと自分をなんとかピンとする。「私は大丈夫」ってフリをするので精一杯。家にいると気持ちは丸こまっていました。自閉症の事。タマの事。私に何ができるのかわからなくて恐かった。

「自閉症だろうがなんだろうが、タマはタマなんだからいいじゃない。自閉症だからってどうするの?タマを放棄するの?」
そんなことするワケないでしょ。

「専門家として、タマの様な自閉症児をたくさん見てきています。不本意でも、私の言っている事に聞く耳を持ちなさい。」
聞いてます。自閉症=一生共にする障害。くらいしかまだわかっていないですけど。

「自分の子供が自閉症って診断されて安堵する親もいますよ。」
私はしてません。
「makiだったら大丈夫だって、神様が思ったから、タマはmakiの所に来たんだよ。」
キレイ事にしか聞こえません。

淵底には底なし沼もあったらしい...。私は沼にはまり込むのみ。みんな、「がんばれ~!」って言ってくれていたのですが、あの時は、苦しい心境を1人でもいい、誰かに少しでもわかって欲しかっただけでした。ザ☆ 自己中!悲劇の取扱い注意人物でした。そんな私を沼から引っぱり上げてくれたのは、アメリカで看護師をしている親友でした。「気持ちわかるよ~!子供の事で重い事を親に伝えなきゃいけない時って病院で何度も見て来て思うんだよね。言う方も辛いかもしれないけど、言われた方の親のサポートってのがちゃんとできてないな〜って。私も反省してるから。出来る事あったら遠慮なしね!毎日でも連絡して!」
やっとわかってくれる人がいた。

この言葉を聞きながら、ナイアガラの滝級の涙が勝手に溢れ出していました。
maki:「ちょっと待ってて〜!箱ごとティッシュ持って来るから〜!」
親友:「も〜!今、せっかくいい所だったのに〜!早く持っておいで〜!」
親友と2人で泣き笑いしました。淵底に差した光でした。
「大丈夫かもしれない。」初めてそう思いました。

一方タマは…。2歳になり、お兄ちゃんと同じ地元保育園に通っていました。「くるくる回り」「脅威の雄叫び」「人に興味を示さない」(家族や親友の子供とか、タマが赤ちゃんの時から知っている人には興味を示す)等、いわゆる自閉症「あるある行動」を連発していました。「言葉が話せません。出来ない事もたくさんあります。どうしても対処できない時には、連絡下さい。すぐに迎えに来ます。」と、先生方に毎日のように言っていました。先生方は「大丈夫ですよ。出来ない事ばかりに注目するんじゃなくて、タマが出来る事を一緒に見つけて行きましょうよ。」と、大らかに対応してくれました。お兄ちゃんも、タマとランチを食べたり、タマに寄り添ってお昼寝をしてくれていました。(⬅先生方に頼まれてですけど。ふふふ。小声で読んでやって下さい。)しかし カリフォルニア州契約下の発達障害者支援法人のカウンセラーから、切羽詰まっている感ありありの電話が頻繁に来るのです。「私が薦めるApple Tree保育園に転校させなさい。早くしないと、子供の脳が固くなってからでは遅いのですよ!自閉症に対する親の理解度が乏しいがために、タマみたいに今すぐ療育が必要な子供に、1日1日ムダな時間が過ぎ去っていると思うと、私は夜も眠れなくなるんですよ!」と。当時の日記に書いてあります。「カウンセラーにはあまりいい印象が持てない。」と。例えるなら、つい最近、不本意ながらも「自閉症児と学ぶ」という各停電車に、小さいけれどずっしり重たい荷物を背負ってやっと乗った私。だけど乗ってみたら、いきなり黒い袋を頭からすっぽり被されて、「えっ?あらっ?何コレ?」っと怪しい車のトランクに押し込まれるみたいな妙な圧迫/威圧感を感じていたのです。カウンセラーとの激しい温度差でした。
さて、このApple Tree保育園。カウンセラーによると、スピーチセラピー、タマ専属のABAセラピスト、保育料も州の公費で全て込み込み。つまり、タダ!デラックス条件てんこ盛りの超セレブな保育園。2歳時には意味のある言葉が全く無かったタマにとっては「最高の環境です。」by カウンセラー。転校させるしかない(?)と思いました。でも、「ABAって何?」。カウンセラーへの私からの質問でした。